東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)264号 判決 1992年10月29日
名古屋市瑞穂区内浜町二丁目七五番地
原告
株式会社中央製作所
右代表者代表取締役
後藤安邦
右訴訟代理人弁護士
吉武賢次
同
神谷巌
同弁理士
玉真正美
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官
麻生渡
右指定代理人
瀬口照雄
同
田辺秀三
同
左村義弘
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六一年審判第一七七六九号事件につき昭和六三年九月二二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「多相整流器の出力電流測定装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、昭和五三年三月一八日、実用新案登録出願をしたところ、昭和六一年六月二五日に拒絶査定を受けたので、同年八月二八日、審判の請求をした。特許庁は、右請求を昭和六一年審判第一七七六九号事件として審理した結果、昭和六三年九月二二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
二 本願考案の要旨
零電流点または期間を有する直流電流が流れる多相半波整流器の各枝路に設けられた変流器と、これら各変流器の各出力を各別に整流する単位整流器とをそなえ、前記単位整流器の各整流出力の総合量として前記多相半波整流器の出力電流を測定する多相整流器の出力電流測定装置(別紙図面(一)参照)。
三 審決の理由の要点
1 本願考案の要旨は前項記載のとおりである。
2 実公昭四三-一三四一号公報(以下「引用例」という。)には、制御整流器と非制御整流器から構成される多相混合ブリッジ整流回路の直流電流検出に関し、制御整流器或いは非制御整流器の各枝路に、二個の一次巻線と一個の二次巻線を有する変流器を一個ずつ配設し、これら各変流器の一次巻線の一個には当該枝路の電流を流通せしめ、他の一個の一次巻線には当該枝路とは異なる他の枝路の電流を逆極性に流通させるようにし、各変流器の二次巻線を多相ブリッジ整流回路に接続して各変流器の二次出力電流を合成するようにしたものが記載されていると認められる(別紙図面(二)参照)。
3 請求人(原告)は、審判請求の理由として次のように述べている。
本願考案も引用例記載のもの(以下「引用考案」という。)も整流装置の各枝路に一個ずつの変流器を配設することは共通であるが、本願考案においては当該枝路の電流を流通する一個の一次巻線のみを必要とするのに対し、引用例においては二個の一次巻線を必要とし、その中の一個の一次巻線には当該枝路の電流を流通せしめ、他の一個の一次巻線には、当該枝路とは異なる枝路の電流を逆極性に通電せしめる必要がある。すなわち、巻線数が二倍となる不利の他、大電流出力整流装置の場合においては、互いに逆極性となる二個の一次巻線を施すことは、以下のごとく決定的な不利を招来する。回路図上では引用例第2図のごとく巻線に単に・印の極性表示記号を各巻線毎に付与することで事足りるが、現実の配線においては数千アンペアにも達する電流を流通せしめるには通常銅又はアルミニウムの導帯が、しかも場合によっては複数枚並列に接続して使用されているものであり、変流器の一次巻線は単に一回貫通するだけで形成される。ところが、互いに逆極性なる二個の巻線を施すとなると、一方極性の巻線は変流器鉄心の窓内を単に貫通するのみであるが、逆極性巻線は貫通導体内の電流の向きを逆向きにする必要があるので、導帯を複雑に折り曲げる必要があり、しかも交叉点の存在が不可避であるので立体的な配線を施さねばならず、導体抵抗の増大に起因する電力損失の増大を招くのみならず、配線インダクタンスの増加に伴う、整流回路のリアクタンス電圧降下が増大し、整流装置の交流側容量が増加し、効率及び力率の低下を招来する結果となる。これに反し、本願考案においては変流器の一次巻線は一個で済むので、変流器鉄心窓に単純に配設された導帯を貫装させるだけで十分であるので、互いに逆極性となる二個の巻線を貫通させることに伴う前記不利益は一切生ずることがない。本願考案も引用考案も変流器の二次巻線出力を整流することにおいては共通である。しかし、引用考案はブリッジ整流回路を使用せざるを得ないので、この整流回路を構成する整流素子数は変流器の数の二倍が必要である。これに反し、本願考案においては半波整流回路を使用するものであるので、必要とする素子は変流器の数だけで十分であり、整流素子数の節減が達せられる。以上の次第であるから、本願考案は引用例記載のものに基づき当業者がきわめて容易になし得たものではない。
4 本願考案と引用考案とを比較すると、両者は、請求人の主張に係る、変流器一次巻線に係る構成、変流器二次巻線出力の整流に係る構成の点を除き多相整流器の出力電流測定について格別異なるところはない。そして、この変流器一次巻線に係る点にしても、引用考案が一次巻線を二個設け、その一つに当該整流器枝路の電流を、もう一つに他の整流器枝路の電流を逆極性に通電しているのは、各整流器枝路には一方向の電流しか流れないが、変流器の磁気回路をその磁気特性の非飽和領域で動作させるように、磁束レベルを増減方向、正負方向に変化させ、電流の変化に対する磁束の変化を大きくし、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにしているからと解され、この点、かかる考慮を要しないというのであれば各変流器を当該枝路の電流のみで励磁すればよいことは当該技術の常識から容易に首肯できるところであるし、変流器二次出力の整流の点についても、引用考案がブリッジ整流回路を用いているのは各変流器を増減、正負方向に励磁したことに伴う正及び負の二つの極性の二次出力を有効に利用しているからであり、単に各変流器の一極性の二次出力のみを利用するに止まる場合には整流回路としては半波のものでもよいことは見易いところといわざるを得ない。
5 したがって、請求人の主張は全体として採用できず、本願考案は引用考案から当業者が必要に応じてきわめて容易に考えられる程度のものと認められ、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1ないし3は認める。同4のうち、本願考案と引用考案は、変流器の一次巻線に係る構成、変流器の二次巻線出力の整流に係る構成の点を除き多相整流器の出力電流測定について格別異なるところはないこと、引用考案が、一次巻線を二個設け、その一つに当該整流器枝路の電流を、もう一つに他の整流器枝路の電流を逆極性に通電しているのは、各整流器枝路には一方向の電流しか流れないが、変流器の磁気回路をその磁気特性の非飽和領域で動作させるように、磁束レベルを増減方向、正負方向に変化させるようにしたものであることは認めるが、その余は争う。同5は争う。
審決は、本願考案と引用考案における、技術的課題に対する解決原理及び技術構成上の顕著な差異を看過誤認して、両者の相違点についての判断を誤り、その結果、本願考案の進歩性を誤って否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 本願考案も引用考案も、多相整流器の出力電流の測定に係るものであるが、その構成上の相違点は、引用考案が、変流器の一次巻線に実質的に交流電流を通電し、各変流器の二次巻線を多相ブリッジ整流回路に接続して各変流器の二次巻線出力電流を合成するようにしたものであるのに対し、本願考案は、変流器の一次巻線に零電流点又は期間(以下「零電流期間」ともいう。)を有する半波の直流電流を通電し、変流器の二次巻線に単位整流器を接続することにより、多相半波整流器の出力電流を取り出せるようにしたものである。
右のとおり、本願考案と引用考案とは、多相整流器の出力電流を測定する点において技術的課題を共通にするが、両者は、右技術的課題に対する解決原理を異にし、技術構成上も顕著な差異があるから、本願考案は引用考案からきわめて容易に想到し得るものではない。以下、詳述する。
2 変流器の一次巻線に直流を通電させると直ぐに磁気飽和点に達し、二次巻線に電流が流れなくなることが周知であったため、直流として零電流期間を有するものに限っても、変流器の一次巻線に直流を通電させることなどは技術常識上全く考えられないことであった。しかるに、本願考案においては、変流器の二次巻線に単位整流器を直列接続することによって、変流器の一次巻線に零電流期間を有する直流を通電させても磁気飽和点に達することがなく、二次巻線に一次巻線電流に対応した電流を誘導させることに成功したものである。
この点は本願明細書には明記されていないが、技術常識を加味して判断すれば、当業者において本願明細書から読み取ることができるものである。
右のとおり、本願考案においては、変流器の一次巻線に係る構成と変流器の二次巻線出力の整流に係る構成は相互に関連し、密接不可分であって、この点が引用考案と相違しているのに、審決は、本願考案の技術的課題に対する前記解決原理を誤認し、右二つの構成を脈絡のない別個のものとして把握して、引用考案との対比、判断をしているものであって、その点においてすでに誤っているものというべきである。
3(一) 次に、引用考案が、一次巻線を二個設け、その一つに当該整流器枝路の電流を、もう一つに他の整流器枝路の電流を逆極性に通電しているのは、変流器の一次巻線に直流を通電させると直ぐに磁気飽和点に達し、二次巻線に電流が流れなくなることが周知であり、変流器の一次巻線に直流を通電させることは技術常識上全く考えられないことであったことから、技術常識に則り、変流器の一次巻線に交流を通電したのと実質的に同じ効果を得ようとしたためであると解される。
したがって、引用考案における変流器の一次巻線の構成に関して、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにしたものであるとした審決の認定は誤りである。
仮に、引用考案が、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにするために前記のとおりの構成を採用しているものであるとしても、そのことから直ちに、各変流器を当該枝路の電流のみで励磁すればよいことがきわめて容易に想到できることでないことは、前記技術常識に照らして明らかである。また、引用考案が、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにしているものであるとしても、一次巻線の一つに当該整流器枝路の電流を、もう一つに他の整流器枝路の電流を逆極性に通電しているという構成自体が、一次巻線に交流を通電しているのと実質的に同じであるということは当業者にとって見易いことである。更に、引用例には、一次巻線に直流を通電することを明示ないし示唆する記載は全くないのである。
したがって、引用例に接した当業者が、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにすることについて考慮を要しないからといって、各変流器を当該枝路の電流のみで励磁すればよいことは当該技術の常識から容易に首肯できるところであるとした審決の認定、判断は誤りである。
(二) 前記のとおり、引用考案は一次巻線に交流を通電させているのと実質的に同じであるから、二次側には交流が誘起される。そうすると、引用考案においては、これを整流するためにはブリッジ整流回路などの全波整流回路を用いざるを得ない。
仮に、変流器の二次巻線出力の整流に係る構成に関し、審決が説示するように、引用考案において、各変流器の一極性の二次出力のみを利用するに止まる場合には整流回路としては半波のものでよいことは見易いところであるとしても、本願考案を想到することがきわめて容易であるとはいえない。何故ならば、右の理由では一次巻線側の構成を変える理由にはならないからである。すなわち、右の理由で二次側の整流回路を半波のものにしたとしても、それによって、一次巻線に直流を通電しても磁気飽和点に達することなく二次巻線に一次巻線電流に対応した電流を誘導させることができることは何も示唆しない。したがって、前記技術常識に則り、一次巻線側の構成は依然として引用考案の構成のままに止まらざるを得ない。このような構成が本願考案と異なることはいうまでもない。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の反論
一 請求の原因一ないし三は認める。
二 同四は争う(但し、本願考案と引用考案との構成上の相違点は、同1において原告が主張するとおりである。)。審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。
1(一) 原告は、変流器の一次巻線に直流を通電させると直ぐに磁気飽和点に達し、二次巻線に電流が流れなくなることは周知である旨主張するところ、零電流期間を有しない電流を通電させる場合は原告主張のとおりであるが、変流器の一次巻線に本願考案のような零電流期間を有する直流を通電させる場合には、その直流の大きさや変流器の鉄心の大きさによるものの、二次巻線に電流が流れて一定の出力を得ることが可能であるから、原告の主張は必ずしも妥当とはいえない。
そして、変流器の一次巻線に本願考案のような零電流期間を有する直流を通電させ、二次巻線より電流を得ることは乙第一号証に示されているように周知のことである。したがって、直流として零電流期間を有するものに限っても、変流器の一次巻線に直流を通電させることは技術常識上全く考えられないことである旨の原告の主張は誤りである。
(二) 本願明細書(昭和六一年一月一七日付け手続補正書によって補正された全文補正明細書、甲第二号証の三)の考案の詳細な説明には、直流電流回路の電流を測定する手段として、従来、<1>分流器を使用するもの、<2>回転型直流変流器を利用するもの、<3>静止型直流変流器を利用するもの、<4>分流器と静止型直流変流器とを組み合わせ利用するもの、<5>ホール効果素子を利用するもの等種々の方法が用いられていたが、<1>と<4>の分流器を用いるものは電路の一部分を切断して分流器を挿入することが必要であり、<2>と<3>の直流変流器を用いるものは補助電源を設ける必要があり、<5>のホール素子を用いるものは特殊な補助装置を用いる必要がある等の欠点を有しており、本願考案は、右従来の各手段の欠点を解決することを目的とした直流電流測定装置を提供するものである旨(第一頁一四行ないし第二頁一六行)、そして、本願考案では、その解決手段として、変流器の一次巻線に零電流期間を有する電流を含む半波の直流電流が流れる当該枝路の線路を用い、変流器の二次巻線に単位整流器を介して電流計を直列接続して二次巻線に誘導される電流により一次巻線に流れる電流を測定しようとするものである旨記載されている。また、二次巻線に接続される単位整流器に関して、本願明細書には、「本考案はこの目的達成のため、多相半波整流器の零電流点を有する電流を流す各単位出力回路にそれぞれ変流器を挿入し、各変流器の出力を整流した上で加え合わせることにより整流器の総合出力を形成し得るような装置を構成した」(第二頁一七行ないし第三頁一行)、「各変流器CT1~CT3の各二次巻線はダイオードD1~D3を介して一つの電流計Aに接続されている。」(第三頁一四行ないし一六行)、「いま主回路に電流が流れているとすると、各変流器CT1~CT3の一次巻線には半波電流が流れ、この結果同変流器の二次巻線にも同様の電流が誘導される。この誘導電流はダイオードD1~D3により各別に整流され、電流計Aに与えられる。」(第三頁一九行ないし第四頁四行)、「本考案は上述のように、多相半波整流器における零電流点を有する電流を流す各単位出力回路に変流器を挿入し、各変流器の出力を整流した上で加え合わせ整流器の総合出力電流を得るようにしたため、従来の各種方式に比べ構成が簡単な整流器の出力電流測定装置を提供することができる。」(第六頁七行ないし一二行)と記載されている。
本願明細書の右記載から明らかなように、本願考案において、変流器の二次巻線に単位整流器を接続した技術的意義は、変流器の二次巻線に誘導される交流を単に整流するためのものであって、原告が主張するように、二次側に単位整流器を設けて半波整流することと、一次側に零電流期間を有する半波の直流電流を通電することとが密接不可分な技術であるとすることはできないばかりでなく、本願明細書の記載からみて、一次側に零電流期間を有する半波の直流電流を通電する技術と二次側に単位整流器を設けて半波整流する技術とを結び付けたことによる格別の効果もない。
2 引用考案があえて一次巻線に交流通電を行うようにしたのは、引用例(甲第三号証)における「例えば、負荷と直列に抵抗を挿入し、その抵抗の両端に現われる負荷電流の電圧降下を利用する方法があるが、これは、検出電気量を大きくとる場合には、抵抗値の大きい抵抗を挿入する必要があるため、抵抗損失が大きくなることや該抵抗が主回路から絶縁されないなどの欠点がある。」(第一頁左欄二二行ないし二八行)、「制御電気弁、或いは非制御電気弁の各アームに交流変流器を設け該交流変流器の二次側の電気量を整流器を介して検出するもので、従来の負荷電流検出方法と比較して検出量を大きくしても損失を伴わずに検出量を任意にとれる効果がある。」(第二頁右欄二四行ないし二九行)との各記載から明らかなように、負荷電流の検出に際し、損失を伴わずに充分な大きさの出力が得られるように配慮したからであり、本願考案のように特に充分な大きさの出力を取り出すことを考慮しないのであれば、変流器の一次巻線に零電流期間を含む半波の直流を通電させることが本願考案出願前に周知の技術であることからして(乙第一号証の第3図及び第7図参照)、変流器の一次巻線に当該枝路の零電流期間を含む半波の直流電流を通すという簡単なものでよいし、また、二次巻線から出力を取り出す方法としては単位整流器を接続した半波整流回路でよいことは当然のことである。
したがって、審決が、二次巻線出力の整流に係る構成について、単純に一次巻線に零相電流成分を有する半波の直流が流れるのだから、これを検出するのに二次巻線にも半波整流回路を用いればよいと考えるのは当業者がきわめて容易に考えられる程度のものとして、「引用考案がブリッジ整流回路を用いているのは各変流器を増減、正負方向に励磁したことに伴う正及び負の二つの極性の二次出力を有効に利用しているからであり、単に各変流器の一極性の二次出力のみを利用するに止まる場合には整流回路としては半波のものでもよいことは見易いところ」とした認定、判断に誤りはない。
また、変流器の一次巻線に係る構成にしても、電流の変化に対する磁束の変化を格別大きく取る必要がないならば、引用考案のように、あえて複雑な構成を採る必要もなく、変流器の一次巻線に半波の直流を通電しても磁束が飽和レベルと残留磁束レベルとの間で変化し、それに伴って二次巻線に誘導される電流も微小電流ではあるが、一次側の直流電流に応じた電流が検出される(乙第一号証の第3図、第7図参照)から、本願考案のように一次巻線を当該枝路の電流のみにして、その構成を簡略化することは格別困難なことではない。
審決は、以上の二つの相違点について、本願明細書の記載に基づいて判断し、本願考案は引用考案からきわめて容易に考えられる程度のものとしたのであって、その認定、判断に誤りはない。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決の取消事由の当否について検討する。
1 引用例に審決認定の技術事項が記載されていること、本願考案と引用考案との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、すなわち、両考案とも多相整流器の出力電流の測定に係るものであるが、引用考案では、変流器の一次巻線に実質的に交流電流を通電し、各変流器の二次巻線を多相ブリッジ整流回路に接続し各変流器の二次巻線出力を合成して測定するのに対し、本願考案では、変流器の一次巻線に零電流点又は期間を有する半波の直流電流を通電し、変流器の二次巻線に単位整流器を接続することにより、多相半波整流器の出力電流を取り出すようにした点で相違すること、引用考案において、一次巻線を二個設け、その一つに当該整流器枝路の電流を、もう一つに他の整流器枝路の電流を逆極性に通電しているのは、各整流器枝路には一方向の電流しか流れないが、変流器の磁気回路をその磁気特性の非飽和領域で動作させるように、磁束レベルを増減方向、正負方向に変化させるようにしたものであることは、当事者間に争いがない。
2 本件においては、本願考案の技術的課題に対する解決原理及び技術内容が争点となっているので、まず、本願考案の概要について検討する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証の三(本願明細書)によれば、本願明細書には、「本考案は、多相整流器の出力電流測定装置に関するものである。」(第一頁一二行、一三行)、「直流電流回路の電流を測定するには、種々の方式が採用されている。たとえば<1>分流器を使用するもの、<2>回転型直流変流器を利用するもの、<3>静止型直流変流器を利用するもの、<4>分流器と静止型直流変流器とを組み合わせ利用するもの、<5>ホール効果素子を利用するもの等がそれらである。これらは、いわゆる直流電流、および半波整流回路の出力のような脈動すなわち零電流期間を有する直流電流の何れをも検出し得るものである。しかしながら、<1>及び<4>の分流器を用いるものは電路の一部分を切断して分流器を挿入することが必要であり、<2>および<3>の直流変流器を用いるものは補助電源を設ける必要があり、また<5>のホール素子を用いるものは特殊な補助装置を用いる必要がある等の欠点をそれぞれ有している。」(第一頁一四行ないし第二頁一一行)、「本考案は特に多相整流装置の出力電流測定を目的とした簡便有用なる直流電流測定装置を提供するものである。」(第二頁一三行ないし一六行)、「本考案は上述のように、多相半波整流器における零電流点を有する電流を流す各単位出力回路に変流器を挿入し、各変流器の出力を整流した上で加え合わせ整流器の総合出力電流を得るようにしたため、従来の各種方式に比べ構成が簡単な整流器の出力電流測定装置を提供できる。」(第六頁七行ないし一二行)と各記載され、二次巻線側に接続される単位整流器に関して、「本考案はこの目的達成のため、多相半波整流器の零電流点を有する電流を流す各単位出力回路にそれぞれ変流器を挿入し、各変流器の出力を整流した上で加え合わせることにより整流器の総合出力電流を形成し得るような装置を構成したものである。」(第二頁一七行ないし第三頁二行)、「各変流器のCT1~CT3の各二次巻線はダイオードD1~D3を介して一つの電流計Aに接続されている。」(第三頁一四行ないし一六行)、「いま主回路に電流が流れているとすると、各変流器CT1~CT3の一次巻線には半波電流が流れ、この結果同変流器の二次巻線にも同様の電流が誘導される。この誘導電流はダイオードD1~D3により格別に整流され、電流計Aに与えられる。」(第三頁一九行ないし第四頁四行)と各記載されていることが認められる。
右各記載と本願考案の要旨によれば、本願考案は、直流電流が流れる多相半波整流器の出力電流測定装置に関するものであるが、従来のこの種装置では、電路の一部分を切断して分流器を挿入したり、補助電源あるいは特殊な補助装置を必要としたりする欠点があったので、本願考案は、そのような欠点を除去し簡便有用な装置の提供を目的とするものであって、本願考案の要旨のとおりの構成を採択して、多相半波整流器の零電流期間を有する直流電流が流れる各単位出力回路にそれぞれ変流器を挿入し、各変流器の出力を整流した上で加え合わせることにより整流器の総合出力電流を形成し得るような装置を構成し、右目的を達成しようとしたものであると認めるのが相当である。
(二) 原告は、変流器の一次巻線に直流を通電させると直ぐに磁気飽和点に達し、二次巻線に電流が流れなくなることが周知であったため、直流として零電流期間を有するものに限っても、変流器の一次巻線に直流を通電させることなどは技術常識上全く考えられないことであったが、本願考案においては、変流器の二次巻線に単位整流器を直列接続することによって、変流器の一次巻線に零電流期間を有する直流を通電させても磁気飽和点に達することがなく、二次巻線に一次巻線電流に対応した電流を誘導させることに成功したものである旨主張するので、この点について検討する。
まず、直流には、零電流点又は期間を有する直流とこれを有しない直流とがあるが、変流器の一次巻線に零電流点又は期間を有しない直流を通電すると、変流器(鉄心)が直ちに磁気飽和に達し、その二次巻線に電流が流れなくなり、変流器としての機能を果たさなくなるので、零電流点又は期間を有しない直流に限っていえば、通常はそのような用い方をしないことが原告主張のように技術常識であるといってよく、このことは被告も争わないところである。しかし、成立に争いのない乙第一号証(実願昭四八一二二四八八号の願書の最初に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム)によれば、同号証には、零電流点又は期間を有する直流を通電すると、二次巻線には大きな電流ではないにしろ、その直流値や変流器の鉄心の大きさによって一定の電流が流れて、一定の出力を得ることができることが、従来例として開示されていることが認あられる(同号証中の第3図、第4図、第7図及びその関連記載参照)。したがって、直流として零電流点又は期間を有するものに限っても、変流器の一次巻線に直流を通電させることは技術常識上全く考えられないことであった旨の原告の主張は失当である。
次に、前掲甲第二号証の三によれば、本願明細書には、変流器の二次巻線に単位整流器を接続した技術的意義について、原告の前記主張に沿う記載はもとより、これを示唆する記載もないことが認められる。右事実によれば、変流器の二次巻線に単位整流器を接続した技術的意義に関する原告の主張、すなわち、本願考案においては、変流器の二次巻線に単位整流器を直流接続することによって、変流器の一次巻線に零電流期間を有する直流を通電させても磁気飽和点に達することがなく、二次巻線に一次巻線電流に対応した電流を誘導させることに成功したものであり、この点に本願考案の技術的課題に対する解決原理がある旨の主張は採用することができない。
原告は、右主張に係る点について本願明細書に記載がなくても、技術常識を加味して判断すれば、当業者において本願明細書の記載から読み取ることができるものである旨主張する。しかし、前掲乙第一号証によれば、変流器の一次巻線に零電流期間を有する直流を通電させ、磁気飽和に対する対策を施すことなく、二次巻線から電流を取り出すことも周知の技術としてあることが認められ、このことからすると、変流器の一次巻線に零電流期間を有する直流を通電させた場合でも、磁気飽和しないように二次巻線にその接続極性を定めて単位整流器を接続する必然性はなく、右周知の技術を採用するということも否定できないから、技術常識を勘案しても、本願明細書の記載から、変流器の二次巻線に単位整流器を接続した技術的意義について原告主張のように読み取ることはできず、原告の右主張は採用できない。
(三) かえって、本願明細書中の二次巻線側に接続される単位整流器に関する記載(第二頁一七行ないし第三頁二行、第三頁一四行ないし一六行、第三頁一九行ないし第四頁四行)及び本願考案の目的が従来の各種の方式に比べ構成が簡単な整流器の出力電流測定装置にある旨の記載に照らせば、本願考案において、変流器の二次巻線に単位整流器を接続したのは、変流器の二次巻線に誘導された交流電流を単に整流するためのものであると認められ、変流器の一次巻線に零電流期間を有する半波の直流を通電することと、その際に、鉄心が磁気飽和しないように二次巻線に単位整流器を接続して半波整流することとが密接不可分な一体の技術であると把握することはできない。
したがって、審決が、変流器の一次巻線に零電流期間を有する半波の直流を通電することと二次巻線に単位整流器を接続して半波整流することについて各別に、本願考案と引用考案との対比、判断をした手法に誤りはなく、本願考案においては、変流器の一次巻線に係る構成と変流器の二次巻線出力の整流に係る構成が相互に関連し、密接不可分であることを前提として、審決は、本願考案の技術的課題に対する解決原理を誤認し、右二つの構成を脈絡のない別個のものとして把握して、引用考案との対比、判断の手法を誤った旨の原告の主張は採用できない。
3(一) 次に、原告は、変流器の一次巻線に直流を通電させると直ぐに磁気飽和点に達し、二次巻線に電流が流れなくなることが周知であったため、変流器の一次巻線に直流を通電させることは技術常識上全く考えられないことであったので、引用考案は、技術常識に則り、変流器の一次巻線に交流電流を通電したのと実質的に同じ効果を得ようとしたものであるから、引用考案における変流器の一次巻線に係る構成に関して、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにしたものであるとした審決の認定は誤りである旨主張するので、この点について検討する。
引用考案が、変流器の一次巻線に交流電流を通電するように構成していることは当事者間に争いがなく、右構成により磁気飽和を防ぐことができることは否定できない。そして、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例には、「例えば、負荷と直列に抵抗を挿入し、その抵抗の両端に現われる負荷電流の電圧降下を利用する方法があるが、これは、検出電気量を大きくとる場合には、抵抗値の大きい抵抗を挿入する必要があるため、抵抗損失が大きくなることや該抵抗が主回路から絶縁されないなどの欠点がある。」(第一頁左欄二二行ないし二八行)との従来の三相(多相)ブリッジ整流回路の直流電流検出装置の欠点についての記載、「斯る点に鑑み本考案は、制御電気弁と非制御電気弁から構成された単相及び多相ブリッジ整流回路の負荷電流を検出するに際し、・・・且つ忠実に検出できる電流検出装置を提供するものである。」(第一頁右欄一四行ないし一八行)との従来の装置の欠点を除去する趣旨の引用考案の目的の記載、そして、「以上のように本考案は、・・・制御電気弁、或は非制御電気弁の各アームに交流変流器を設け、該交流変流器の二次側の電気量を整流器を介して検出するもので、従来の負荷電流検出方法と比較して、検出量を大きくしても損失を伴わずに検出量を任意にとれる効果がある。」(第二頁右欄二二行ないし二九行)との引用考案の効果に関する記載があることが認められ、右各記載を総合すると、引用考案が変流器の一次巻線に交流電流を実質的に通電するようにしている趣旨は、出力電流の検出に際し、損失を伴わずに充分な大きさの出力が得られるようにしたことにあると認めるのが相当である。
したがって、引用考案における変流器の一次巻線に係る構成に関して、変流器の二次巻線から充分な出力が得られるようにしたものであるとした審決の認定に誤りはなく、原告の前記主張は採用できない。
(二) ところで、前記のとおり、引用考案が変流器の一次巻線に実質的に交流電流を通電するように構成した趣旨は、出力電流の検出に際し、損失を伴わずに充分な大きさの出力が得られるようにしたものと認あられるから、引用考案において、特に充分な大きさの出力を取り出すことを要せず、本願考案のように、簡便な装置を望むのであれば、変流器の一次巻線の構成として、引用考案のような複雑な構成を採る必要はなく、変流器の一次巻線に零電流期間を有する半波の直流を通電させることが周知の技術であったのであるから(このことは、前掲乙第一号証により認めることができる。)、そのような周知技術を採用して、本願考案のように変流器の一次巻線に零電流期間を有する半波の直流を通電させるように簡単な構成とすることは、当業者の容易に想到し得ることと認めるのが相当である。
したがって、変流器の二次巻線から充分な出力を得ることを要しないのであれば、各変流器を当該枝路の電流のみで励磁すればよいことは当該技術の常識から首肯できるところであるとした審決の認定、判断に誤りはなく、これに反する原告の主張(請求の原因四項3(一))は採用できない。
(三) 更に、変流器の二次巻線側の構成、すなわち二次巻線から出力を取り出す構成についてみても、変流器の二次巻線に生じるのは交流出力であるから、これを整流して直流化するには、半波整流するか、あるいはブリッジ回路で全波整流するかのいずれかであることは技術上明らかであり、引用考案において、特に充分な大きさの出力を取り出すことを要せず、本願考案のように簡便な装置を望むのであれば、半波整流回路を用いればよいと考えることは当業者が容易に想到し得ることと認めるのが相当である。
したがって、変流器の二次巻線出力の整流の点について、単に各変流器の一極性の二次出力のみを利用するに止まる場合には整流回路として半波のものでよいことは見易いところであるとした審決の認定、判断に誤りはない。
右の点についての審決の認定、判断は誤りであるとする原告の主張(請求の原因四項3(二))は、本願考案においては、変流器の一次巻線に零電流期間を有する半波の直流を通電することと、その際に、鉄心が磁気飽和しないように二次巻線に単位整流器を接続して半波整流することとが密接不可分な一体の技術であることを前提とするものであるとこ ろ、右前提が採り得ないことは前記説示したとおりであるから、原告の右主張は採用できない。
以上によれば、本願考案が従来の直流電流測定装置に比しより簡便有用な装置の提供を目的とするものである以上、引用考案において、変流器の一次巻線に実質的な交流電流の通電に代えて零電流期間を有する半波の直流電流を通電し、また、変流器の二次巻線を、多相ブリッジ整流回路に接続して各変流器の二次巻線出力を合成して測定することに代えて、単位整流器に接続することにより多相半波整流器の出力電流を取り出す構成を想到することに困難性は認められないから、原告主張の取消事由は理由がないことに帰し、審決に違法な点はない。
三 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)